ウォークマン

 ネット上で発見したのが今までのウォークマンの歩みを整理したページ。そこを見ながら思い起こしてみると結構色々有ったなぁ…って事でPHS・携帯に続いてまたまた回顧録みたいな物を。あと、ウォークマンって言う単語の定義については特段書いてない限り狭義の(ソニーの)って事でよろしく。
 で、我が家にウォークマンなる存在が初めて来たのは恐らく1991年(僕が小2)。機種はWM−EX77。その頃はまだウォークマン3台分は有ろうかという大きく重いカセットプレーヤを使っていた身としては、母がそれを使っているのがえらく羨ましかった。あと、リモコンで操作できるって言う事や、ガム型の電池を使っているって言う事もショッキングだった。とは言いつつ、この頃はまだそれ程音楽を聴いていたわけではなく、それほど大きな存在ではなかったと思う。
 そんな状態が一変したのが小4の時。そろそろクラスとかで音楽の話もするようになって来た頃、いきなりの親父のUAE赴任。1年ちょっと現地にいる間、日本から短期赴任で来る人が持って来てくれるテープや、一緒に赴任していた人にダビングさせてもらった落語のテープ、親父が買ってくれたビートルズのテープ(今にして思うと堂々と売ってた海賊版だな)なんかを結構頻繁にコンポで聞くようになりました。となると次は学校への行き帰りや休み時間にも聞きたいと思うのが人情、ってなわけで母親にせがんでかなりの頻度でウォークマンを借り出すようになりました。この頃自分が聞いてたテープを見てみると、落語の「長屋の花見」の後にチューブの「ガラスのメモリーズ」、でもって最後にモーツァルト交響曲40番と言う形容し難い選曲なんですが…ま、若気の至りって事で。
 実はUAEに行く時、叔父さんがポータブルCDプレーヤを買ってくれたんですが、この当時のCDプレーヤってちょっと衝撃を与えれば即針飛びしてくれると言う素晴らしく持ち運びに向いてないものだったので、結局コンポの上に半ば固定されたままでした。中学校時代は衝撃を与えないようなケースに入れて持ち運んだんだけどね。
 小学校を卒業すると、中学校にバスで通学する生活に。このバス通学の時間って結構苦痛なのね。昔は車酔いしやすくてバスの中で本を読むのは短時間しかできなかったし、おまけに雨の日の夕方なんかは国道一号線が絶望的に渋滞してくれるもんで、最低45分はバスの車内で過ごす羽目になったし。その結果として、中1の誕生日に親にねだって買って貰ったのが「16周年ウォークマン」WM−EX2。忘れもしない6月25日、大学から帰ってきた親父が、大学生協の袋に入ったソニーの箱を渡してくれた時は本当に嬉しかったっけ。当然の事ながらその日から毎日身につけてたっけ。あと、この頃はCDをそんなに買う金もなかったので、テレビの歌番組をテープに落として聞いていたような。
 中3になってそろそろ高校受験を控えた頃、中古CD屋通いでそろそろ僕のCDコレクションも増えて来て、CDプレーヤとウォークマンを一日交替で持ってく様になった頃、ついに小4の時買って貰ったCDプレーヤがご臨終。代替で買ったのが同じくケンウッドでも今度は針飛び防止メモリの付いた機種。そろそろテープのヒスノイズが気になってきた頃だったと言うこともあってすっかりCDばっかり持ち歩くようになりました。ウォークマンもこの頃そろそろガタが来てたってのもあるけど。
 高校に受かって記念に買ったのが今度はMDウォークマンでMZ−R50。今度はこれを毎日持ち運ぶようになりましたと。基本的に同じ性能ならボタンの多い機種が好き、って言う僕の趣向からなのかも知れないけど、この録再MDってのは本当に所有する喜びってのが有ったような。このR50、高校時代は通学時から学校祭、旅行からラジオのエアチェックまでフルに活躍してくれました。その後、浪人中も机の上で頑張ってくれたし、大学に入ってからは合唱部でのライブ録音に未だ活躍してくれています。たまに不安定になるけどね。
 ソニー製品については「ソニータイマー」だとか色々言われる事も有るけど、まぁ、コンパクトさ故ってのも有ると思うし、修理すればきっちり使えるしね。基本的には大好きです。とは言いつつ、大学入ってからはクリエイティブのMP3プレーヤを愛用しているわけですが…(汗)。